東京地方裁判所 平成8年(行ウ)160号 判決 1997年10月17日
原告
鈴木敏文
被告
大久保慎七
外一名
右両名訴訟代理人弁護士
石津廣司
主文
一 被告安田栄右に対する本件訴えのうち、市長・議長車専用車庫の設置費用に係る損害賠償を求める部分を却下する。
二 原告の被告安田栄右に対するその余の請求及び被告大久保慎七に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは、小金井市に対し、連帯して、一〇二万円及びこれに対する平成八年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告安田の本案前の答弁)
被告安田に対する本件訴えのうち、市長・議長車専用車庫の設置費用に係る損害賠償を求める部分を却下する。
(被告らの本案の答弁)
原告の請求をいずれも棄却する。
第二 事案の概要
本件は、小金井市の住民である原告が、同市役所本庁舎改修工事の一環として行われた市長・議長車専用車庫(以下「本件車庫」という。)の設置及びその後に行われた本件車庫の撤去に関し違法な財務会計上の行為が行われ、同市が損害を被ったとして、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号前段に基づき、同市に代位して同市の市長の職にあった者及び総務部管財課長の職にあった者に対し損害賠償を求める住民訴訟である。
一 前提となる事実
(以下の事実のうち、証拠を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)
1 当事者
(一) 原告は、小金井市の住民である。
(二) 被告大久保は、本件車庫の設置及び撤去が行われた当時、小金井市の市長の職にあった者であり、被告安田は、右当時、同市の総務部管財課長の職にあった者である。
2 本件車庫の設置等
(一) 小金井市は、平成七年度に同市役所本庁舎の改修工事を予定していたが、右改修工事の一環として、同市役所敷地内に市長・議長車専用車庫として本件車庫を設置することを計画した(乙一、被告安田本人)。
そして、被告大久保は、平成七年八月一一日、小金井市長として、同市を代表して株式会社石黒工務店との間で、本件車庫の設置を含む本庁舎改修工事について、工事代金五九九四万六〇〇〇円で工事請負契約(以下「本件改修工事契約」という。)を締結した(甲七の17、八の21)。
なお、本件改修工事契約については、同年一一月一五日、その契約内容を一部変更する変更契約が締結され、変更後の工事代金は六一〇四万五〇一〇円となった(甲七の14)。
(二) 本件車庫の設置に当たっては、建築基準法六条による建築確認が必要であったが、建築確認を受けないまま、建築工事が行われ、平成七年一一月、本件車庫(床面積約三五平方メートル)が完成した。
(三) 小金井市は、本件改修工事契約に基づき、石黒工務店に対し、平成七年八月三一日、前払金として一七九〇万円を支払い、同年一二月二二日、残金四三一四万五〇一〇円を支払った(甲七の16、八の11、22、乙一)。
右工事代金のうち、本件車庫の設置に係る費用は、六七万円(材料費五四万円、工事費一三万円)である。
3 本件車庫の撤去等
小金井市は、その後、本件車庫の撤去を決定し、平成八年五月、石黒工務店との間で、その解体工事について工事代金三五万二一五七円で工事請負契約(以下「本件解体工事契約」という。)を締結して、同社に右工事を行わせ(甲一三の1、2、弁論の全趣旨)、同月中に、本件車庫を撤去し、その工事代金として三五万円余を支払った。
4 監査請求とこれに対する監査結果
(一) 原告は、平成八年五月二七日、小金井市監査委員に対し、被告大久保その他関係者は、連帯して同市に対し本件車庫の設置及び撤去に要した費用を支払えとの趣旨の監査請求をした。
(二) 小金井市監査委員は、右監査請求について、平成八年七月二三日付けで、「小金井市長は、市長、議長用車の車庫建築に際し、建築基準法に定める必要な手続を行わなかった関係者に対し、人事上相当なる措置を講じること。」という勧告を行ったが、本件車庫の設置及び撤去に要した費用の賠償は勧告しなかった。
二 争点及び争点に関する当事者の主張
1 原告の主張する違法な財務会計上の行為について、被告らは、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当するかどうか。
(原告の主張)
(一) 原告が本訴において違法な財務会計上の行為として主張する行為は、次のとおりである(以下、これらの行為を「本件各行為」という。)。
(1) 本件車庫の設置に係るもの
ア 本件改修工事契約の締結
イ 右契約に先立つ支出決議(工事施工決定)
ウ 右契約に基づく工事代金の支出命令
エ 右工事代金の支払
(2) 本件車庫の撤去に係るもの
ア 本件解体工事契約の締結
イ 右契約に基づく工事代金の支出命令
ウ 右工事代金の支払
(二) 被告大久保は、小金井市の市長として、本件各行為を行ったものであり、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当する。
(三) 被告安田は、小金井市の庁舎管理の直接の責任者である総務部管財課長として、本件各行為についてその手続を実際に行ったものである。
法二四二条の二第一項四号の「当該職員」には、当該財務会計上の行為の権限を法令上本来的に有するとされる者だけではなく、その手続を実際に行った補助職員も含まれるから、被告安田は、本件各行為について「当該職員」に該当する。
(被告らの主張)
(一) 本件各行為のうち、本件改修工事契約に基づく工事代金の支払及び本件解体工事契約に基づく工事代金の支払は、収入役の権限であり、被告らには法令上、本来的にその権限はない。また、被告安田は、本件解体工事契約に基づく工事代金の支出命令については、専決によってこれを行っているが、その他についてはこれを決裁する権限もなく、決裁も行っていない。
(二) したがって、被告大久保については、本件改修工事契約の締結及びこれに基づく工事代金の支出命令並びに本件解体工事契約の締結及びこれに基づく工事代金の支出命令について、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当するが、被告安田については、本件解体工事契約に基づく工事代金の支出命令についてのみ同号の「当該職員」に該当する。
(三) 右のとおり、被告安田は、本件車庫の設置に関しては、いずれの財務会計上の行為との関係でも法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当しないから、同被告に対する訴えのうち、本件車庫の設置費用に係る損害賠償を求める部分は不適法であり、却下されるべきである。
2 財務会計上の行為の違法性の有無
(原告の主張)
本件各行為は、建築基準法に違反する本件車庫の設置及びその撤去のために行われたものであるから、その原因行為である本件車庫設置の違法性を承継し、違法なものである。
(被告らの主張)
(一) 本件車庫の設置に係る財務会計上の行為について
(1) 本件改修工事契約の締結について
本件において、原告の主張する違法は、財務会計上の行為である本件改修工事契約の締結行為そのものの違法ではなく、建築確認という非財務会計上の違法であるが、このような場合に財務会計上の行為が違法となるのは当該原因行為が当該財務会計上の行為を行うための要件となっている場合に限られる。
建築確認は工事に着工するための要件ではあるが、右工事の請負契約締結の要件ではなく、現に小金井市においては、建築確認を必要とする建築工事についても、建築確認の取得前に工事請負契約を締結してきている。
したがって、本件車庫の設置について建築確認を得ていなかったからといって、その設置を含む本件改修工事契約が違法となるものではない。
(2) 工事代金の支出命令及び支払について
請負業者が契約内容どおりに仕事を完成すれば、小金井市としては、工事代金を支払う法律上の義務があり、建築確認を得ていないといっても、それは、請負業者の責任領域に属する事項ではなく、これを理由に支払を拒否することはできない。
したがって、本件改修工事契約に基づく工事代金の支出命令及び支払に違法性はない。
(二) 本件車庫の撤去に係る財務会計上の行為について
(1) 本件解体工事契約の締結について
本件解体工事契約は、本件車庫の設置とは別個独立のものであり、その間に違法性の承継を認める余地はない。
そもそも、本件車庫の撤去は、東京都多摩東部建築指導事務所の行政指導に基づき、違反を是正するために行われたものであり、そのための本件解体工事契約の締結に何ら違法性はない。
(2) 工事代金の支出命令及び支払について
請負業者が契約内容どおりに仕事を完成すれば、小金井市としては、工事代金を支払う法律上の義務があるのであり、本件解体工事契約に基づく工事代金の支出命令及び支払に何ら違法性はない。
3 被告らの故意過失の有無
(原告の主張)
被告らは、本件車庫の設置が建築基準法に違反しており、本件各行為が違法であることを知りながらこれを行ったものである。
したがって、被告らには本件各行為を行うについて故意があり、少なくとも過失があることは明らかである。
(被告らの主張)
(一) 被告大久保について
地方公共団体の長の職務は広範多岐にわたるから、単独でその職務の完璧を期することは不可能というべきであるし、また、あらゆる専門分野についての専門知識、経験がその資格要件であるわけではない。そのために、当該地方公共団体の事務量に応じた多数の補助職員が配置されるのであり、地方公共団体の長は、当該補助職員を信頼してその職務を遂行した場合には、その職務遂行について過失はないと解すべきである。
本件の場合、建築確認の要否という専門的問題でもあり、地方公共団体の長自らが判断できる事項ではないし、担当部局から建築確認が必要であるとの報告は全くなかったのであって、市長たる被告大久保には、故意はもとより、何らの過失もない。
(二) 被告安田について
被告安田は、本件車庫の設置が一時的な仮設のものであり、その工事も家庭用のプレハブ倉庫と同様の組立式のものであったこと、建築課から建築確認を要するとの連絡もなかったことから建築確認が必要とは考えなかったものである。
右の事情によれば、建築基準法の担当部署でもない管財課職員である被告安田が、建築確認の必要がないと考えても無理のないことである。しかも、そもそも、建築確認の要否及び建築確認申請手続は建築課の分掌事項であり、管財課は、建築課に工事施工依頼をし、同課の請求に基づいて請負契約の発注業務を行うにすぎないものであって、建築確認の手続をとっていなかったからといっても、それは被告安田の過失となるものではない。
4 損害額
(原告の主張)
小金井市は、被告らの違法な財務会計上の行為の結果、本件車庫の設置及び撤去の費用として少なくとも合計一〇二万円を支出し、右と同額の損害を被った。
(被告らの主張)
本件車庫は組立式のものであり、撤去に当たっては、その資材を再利用可能なように解体し保管している。
したがって、本件車庫の設置及び撤去に要した費用の全額が損害になっているわけではない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(被告らは、本件各行為について、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当するかどうか)について
1 法二四二条の二第一項四号は、住民訴訟の一類型として、違法な財務会計上の行為について普通地方公共団体に代位して行う当該職員に対する損害賠償請求又は不当利得返還請求を規定しているが、同号にいう「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味するものと解される。
そして、右の財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者としての「当該職員」には、普通地方公共団体の内部において、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、当該財務会計上の行為につき法令上権限を有するとされている者から、あらかじめ専決することを任され、右権限行使についての意思決定を行うことが認められている者も含まれると解するのが相当である。
この点に関し、原告は、「当該職員」には、当該財務会計上の行為の手続を実際に行った補助職員も含まれる旨主張するが、原告の右主張が、当該補助職員が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を有するか否かを問うことなく、当該財務会計上の行為の手続を実際に行った補助職員は「当該職員」に含まれるとするものであるならば、前示のところに照らし、その主張は採用することができない。
2 そこで、本件各行為について、被告らが法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するかどうかについて以下検討する。
(一) 法の規定によれば、普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体を代表する者で(法一四七条)、予算を執行する権限を有するものであるが(法一四九条二号)、現金の出納等の会計事務は出納長又は収入役の権限とされ(法一七〇条一項、二項)、普通地方公共団体の支出は、出納長又は収入役が当該普通地方公共団体の長の命令を受けて行うものとされている(法二三二条の四第一項)。
したがって、市長の職にあった被告大久保は、本件各行為のうち、本件改修工事契約及び本件解体工事契約に基づく各工事代金の支払以外の財務会計上の行為については、法令上本来的に権限を有するとされている者として「当該職員」に該当するが、他方、右各工事代金の支払については、法令上本来的に権限を有するとされている者ではなく、権限の委任等により右権限を有するに至った者と認めることもできないから、「当該職員」には該当しないというべきである。
(二) 市長の補助職員にすぎない総務部管財課長は、本件各行為について、法令上本来的な権限を有するとされている者ではないが、証拠(乙一ないし三、被告安田本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。
(1) 小金井市においては、市長及び収入役の権限に属する事務を処理するため必要な組織を定めることを目的として、「小金井市組織規則(昭和四三年四月二日規則第五号)」が定められており、右規則において、総務部管財課の所掌事務として、庁舎の維持管理、工事請負契約の締結事務が掲げられていること。なお、右規則において、現金の出納等の収入役の権限に属する事項については、収入役室の所掌事務とされ、管財課の所掌事務には含まれていないこと。
(2) 小金井市においては、建設工事を実施する場合には、建設しようとする建物を所管する各課が建設部建築課に工事施工依頼(設計・監理・監督の依頼)を行い、建築課で設計を含む起工伺を起案し、その建物の所管課との合議を経て、市長が施行の決裁をし、その後、建築課が契約担当課である管財課に契約締結請求をし、これを受けて管財課が請負契約締結の起案をし、決裁権者の決裁を得て請負契約を締結することになっていること。
(3) 小金井市においては、市長の権限に属する事務の決裁、専決、代決その他の事務処理について必要な事項を定め、その権限と責任の所在を明確にし、行政事務の効率的運営を図ることを目的として、「小金井市事務決裁規程(平成元年三月二八日規程第四号)」(以下「本件決裁規程」という。)が定められていること。なお、本件決裁規程において、「専決」とは、あらかじめ認められた範囲内で、自らの判断に基づき常時、市長に代わって最終的に意思決定を行うことをいうものとされていること。
(4) 本件決裁規程においては、一件一〇〇万円未満の支出負担行為に関すること及び一件五〇〇万円未満の支出命令に関することは、各課長が専決できる事案とされ、さらに管財課長が専決できる事案として、一件一〇〇万円未満の工事請負契約(変更契約を含む。)に関することが掲げられていること。
(三) 右(二)(1)ないし(4)認定の事実によれば、管財課長は、本件各行為のうち、本件解体工事契約の締結及び右契約に基づく工事代金の支出命令については、本件決裁規程により、それぞれ一件一〇〇万円未満の工事契約の締結及び一件五〇〇万円未満の支出命令として、これを専決により処理する権限を与えられていたが、その余の財務会計上の行為については、これを行う権限を有していなかったと認めることができる。
したがって、管財課長の職にあった被告安田は、本件各行為のうち、本件解体工事契約の締結及び右契約に基づく工事代金の支出命令についてのみ、普通地方公共団体の内部において、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、当該財務会計上の行為につき法令上権限を有するとされている者から、あらかじめ専決することを任され、右権限行使についての意思決定を行うことが認められている者として「当該職員」に該当するというべきである。
3 右のとおり、被告安田は、本件車庫の設置費用に係る損害賠償代位請求の理由とされているいずれの財務会計上の行為との関係でも、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当しないので、同被告に対する右損害賠償代位請求に係る訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えというべきである。
二 争点2(財務会計上の行為の違法性の有無)について
1 前記第二の一の前提となる事実と証拠(甲七の14ないし17、八の10、11、14ないし21、一三の1ないし4、乙一、被告安田本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 小金井市では、従前、市役所敷地東側に市長・議長車専用車庫が設置されていたが、その部分に東京消防庁が消防署を設置することとなったため、平成七年度に右車庫を取り壊し、他の場所にこれを移転する必要が生じた。
(二) 小金井市は、平成七年度に本庁舎改修工事を予定していたが、右のとおり、市長・議長車専用車庫の移転の必要が生じていたことから、庁舎の維持管理を担当する管財課において、本庁舎改修工事の一環として、一時的に、市役所敷地西側部分に本件車庫を仮設することを計画した。なお、小金井市では、当時、市役所敷地近くの国分寺消防署小金井出張所及び小金井警察署の用地が返還される予定であったので、その跡地に最終的に市長・議長車専用車庫を設置する計画であった。
(三) 本件車庫設置を含む本庁舎改修工事に関しては、小金井市において建設工事を実施するときの通常の手続に従い、平成七年六月、所管課である管財課から建築課に工事の施行依頼(設計、監理、監督の依頼)を行い、建築課で設計を含む起工伺を起案し、管財課との合議を経て、市長である被告大久保が施工の決裁をし、その後、建築課が契約の担当課である管財課に契約締結請求をし、これを受けて管財課が請負契約締結の起案をして、同被告が決裁をし、同年八月一一日に本件改修工事契約が締結された。なお、右契約については、その後、契約内容を一部変更する変更契約が締結された。
(四) 管財課としては、本件車庫の設置が一時的な仮設のものであり、その工事も家庭用プレハブ倉庫と同様の組立式のものであったこと、工事の設計・監理・監督を担当する建築課から建築確認を要するとの連絡もなかったことから、本件車庫の設置に建築確認が必要であるとは考えず、管財課及び建築課から市長である被告大久保に対し本件車庫の設置について建築確認が必要である旨の報告がされることもなかった。
(五) 石黒工務店は、本件車庫の設置について建築確認を受けないまま建築工事に着手し、平成七年一一月本件車庫が完成した。本件車庫の設置以外の本庁舎改修工事も同年一二月六日までに完成し、同日、小金井市の竣工検査が行われた。なお、本件改修工事契約に基づく工事代金は、同年八月三一日、前払金として一七九〇万円が支払われ、同年一二月二二日、残金四三一四万五〇一〇円が支払われたが、右各工事代金支払の支出命令は、助役の専決により行われた。
(六) 本件車庫が設置された後、小金井市は、市役所敷地の東側部分を消防署建築のために東京消防庁に提供すべく、敷地の分割について東京都多摩東部建築指導事務所と協議をする過程で、同事務所から、本件車庫の設置については建築確認が必要であったことを指摘され、現状のままでは、右消防署建築について建築基準法一八条三項所定の適合通知を発することができないとの見解を示され、違反の是正を行政指導により求められた。小金井市としては、本件車庫の設置について、事後的に建築確認を受けることも考えたが、同市が昭和四〇年に建築した本庁舎がその後東京都が制定した日影規制条例の規制に適合せず、いわゆる既存不適格建物になっていたため、建築確認を受けるためには、既存建物の一部を除却した上、特定行政庁の許可を得るなどの手続が必要であり、それには時間を要するため、消防署の建築が遅延することになり、一方では東京消防庁から早期に消防署建築の手続を進めたいとして協力の要請があったことから、本件車庫を撤去することを決定した。
(七) 小金井市は、本件車庫を撤去するため、平成八年五月、石黒工務店との間で本件解体工事契約を締結し、同社は同月中に工事を完成し、同年六月一四日、工事代金三五万二一五七円が支払われた。
なお、本件解体工事契約の締結自体は、一件一〇〇万円未満の工事契約の締結として管財課長の専決によってすることができたが、その支出のためには予算の流用が必要であったため、本件解体工事契約の締結は総務部長の専決により行われた。また、本件解体工事契約に基づく工事代金の支出命令については、管財課長である被告安田の専決によって行われた。
2(一) 前記1の認定によれば、本件車庫の設置に当たっては、建築基準法六条による建築確認が必要であったにもかかわらず、建築確認を受けることなく建築工事が行われており、また、本件車庫について建築確認を受けるには既存建物を除却するなどの措置をとる必要があるというのであるから、本件車庫の設置が建築基準法に違反する違法なものであることは明らかである。
(二) ところで、本件車庫の設置に関する右の違法は、それ自体としては、非財務会計上の違法と解されるところ、原告は、本件各行為は建築基準法に違反する本件車庫の設置及びその撤去のために行われたものであるから、その原因行為である本件車庫の設置の違法性を承継し、違法である旨主張する。
しかしながら、法二四二条の二第一項四号の規定に基づく当該職員に対する損害賠償代位請求は、財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し、職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものであるから、当該職員の財務会計上の行為をとらえて右の規定に基づく損害賠償責任を問うことができるのは、当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である。
したがって、本件車庫の設置及び撤去に関し行われた財務会計上の行為が違法であるか否かは、当該財務会計上の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるかどうかによって決せられるのであって、本件車庫の設置が建築基準法に違反する違法なものであるからといって、直ちに、本件車庫の設置及び撤去に関し行われた財務会計上の行為がすべて違法になるものではないというべきである。
3 そこで、本件各行為のうち、前示のとおり被告両名又は被告大久保が法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当すると解することができる財務会計上の行為について、それらが財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるかどうか以下検討する。
(一) 本件改修工事契約の締結及び右契約に先立つ工事施工決定について
普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体等の事務を誠実に管理・執行する義務(以下「誠実執行義務」という。)を負うものであり(法一三八条の二)、右誠実執行義務は財務会計法規上の義務の一内容を成すものと解される。そこで、建築工事の請負契約締結の場合と右誠実執行義務との関係についてみるに、普通地方公共団体が建築工事を行おうとする場合には、当該建築工事について建築確認の要否及び当該建築計画が関係法令の規定に適合するものであることを確認する必要があることはいうまでもなく、建築確認の必要性を看過し、関係法令の規定に適合しない建築物を建築してしまった場合には、その違反を是正するために建築物の除却等の措置をとらなければならず、当該普通地方公共団体に損害が生じるおそれがあるのであるから、普通地方公共団体の長は、建築工事の工事施工決定及びその請負契約の締結に当たっては、当該普通地方公共団体に右のような損害が生じることがないよう、当該建築工事が法令に従ったものであるかどうかの審査を行い、当該建築工事について建築確認が必要であるのにそれが得られておらず、当該建築計画が関係法令の規定に適合していないという場合には、右誠実執行義務に基づきしかるべき是正措置を命ずべきであり、右是正を命ずることなく、当該建築工事の施工決定、請負契約の締結を行うことは、右誠実執行義務に違反するものとして財務会計法規上違法の評価を受けるものというべきである。
本件においては、前記1に認定したとおり、本件車庫の設置については、建築確認を受ける必要性があったのに、それが得られておらず、これを看過して建築が行われれば、関係法令の規定に適合せず、そのままでは建築確認の受けられない本件車庫が設置されてしまうことになるのであるから、被告大久保は、市長としてその是正を命ずべきであったというべきである。しかるに、同被告は、右是正を命ずることなく本件改修工事の施行決定及び請負契約の締結を行ったものであり、したがって、右締結等は、財務会計法規上の義務に違反する違法なものといわざるを得ない。
(二) 本件改修工事契約に基づく工事代金の支出命令について
前示のとおり、本件改修工事契約の締結は、財務会計法規上の義務に違反する違法な行為といわざるを得ないが、本件車庫の建築工事につき建築確認を受けることは法令上右契約締結の要件とされているわけではなく、前記1の認定によれば、右契約は請負契約としては私法上有効に成立しており、石黒工務店は、その仕事を契約内容どおり完成させたのであるから、小金井市としては、その工事代金を支払う契約上の義務があったというべきである(建築基準法違法の点は、専ら小金井市側の責めに帰すべき問題であり、工事代金の支払を拒否する事由にはなり得ない。)。
したがって、本件改修工事契約に基づく工事代金の支払のためにされた支出命令には財務会計法規上の義務に違反する違法はないというべきである。
(三) 本件解体工事契約の締結について
本件車庫の撤去は、前記1に認定したとおり、東京都多摩東部建築指導事務所の行政指導に従い、本件車庫についての違反状態を是正すべく行われたものであり、そのために締結された本件解体工事契約に財務会計法規上の義務に違反する違法はないというべきである。
(四) 本件解体工事契約に基づく工事代金の支出命令について
前記1の認定によれば、本件解体工事契約は有効に成立しており、石黒工務店は、本件車庫の解体という仕事を完成させているのであるから、小金井市としては、その工事代金を支払う契約上の義務があったのであって、その工事代金の支払のためにされた支出命令に財務会計法規上の義務に違反する違法はないというべきである。
4 以上のとおり、本件改修工事契約の締結及び右契約に先立つ工事施工決定は、違法な財務会計上の行為というべきであるが、本件改修工事契約に基づく工事代金の支出命令並びに本件解体工事契約の締結及び右契約に基づく工事代金の支出命令については違法性を認めることはできない。
したがって、原告の被告らに対する本件車庫の撤去費用に係る損害賠償代位請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。
三 争点3(被告らの故意過失)について
1 前示のとおり、本件改修工事契約の締結及び右契約に先立つ工事施工決定は、財務会計法規上違法の評価を受ける行為というべきであるが、右各行為については、被告大久保のみが法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」であるので、被告大久保の故意、過失について以下検討する。
(一) 原告は、被告大久保は本件車庫の設置について建築確認が必要であることを知りながら、本件各行為を行った旨主張するが、被告大久保が本件車庫の設置について建築確認が必要であることを知っていた事実を認めるに足りる証拠はなく、右各行為をするについて同被告に故意があったと認めることはできない。
(二) また、法によれば、普通地方公共団体の長は、当該地方公共団体等の広範多岐にわたる事務を補助職員に分掌させ、右職員を指揮、監督してその事務を管理・執行すべきものとされており(一四八条、一五四条、一五八条、一六一条ないし一七三条等)、実務においては、その事務の重要性の程度に応じて、補助職員の判断を参考にして自ら慎重に決定するもの、明白な瑕疵がない限り補助職員の判断を信頼して決裁するものなどの振り分けを行い、事務の円滑、効率的な処理を図ることも許容されているものというべきであるところ、本件車庫の設置について建築確認が必要であるかどうかとか、当該建築計画が関係法令に適合するかなどの審査は小金井市の事務全体からみればさして重要な事項とはいえず、その施工については、市長は明白な瑕疵がない限り補助職員の判断を信頼して決裁してしかるべきものである。そして、前記二1の認定によれば、本件車庫の設置が一時的な仮設のものであり、その工事も家庭用プレハブ倉庫と同様の組立式のものであったことから、その設置に建築確認が必要か否か及び当該建築計画が関係法令の規定に適合するものであるか否かは必ずしも容易に判断できるものではなく、また、被告大久保は、本件車庫の設置を含む本庁舎改修工事の所管課である管財課及び工事の設計・監理・監督を担当する建築課から本件車庫の設置について建築確認が必要である旨の報告を受けていなかったというのであり、これらを考え併せると、被告大久保が右建築確認の必要性及びその建築計画が法令の規定に適合しない点を看過したとしても、やむを得ないことというべきであり、同被告が右建築確認の必要性等を看過して本件車庫の設置を含む本庁舎改修工事の工事施工決定を行い、本件改修工事契約を締結したことに過失があったということはできない。
2 したがって、被告大久保は、本件改修工事契約の締結及びこれに先立つ工事施工決定について、損害賠償責任を負うものではないから、原告の同被告に対する本件車庫の設置費用に係る損害賠償代位請求は理由がないというべきである。
第四 結論
以上のとおり、被告安田に対する本件訴えのうち、本件車庫の設置費用に係る損害賠償を求める部分は不適法であるから、これを却下することとし、同被告に対するその余の請求及び被告大久保に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)